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藤の屋文具店

藤の屋文具店

映画

   

              セピア

映画


 テレビの番組はまだ少なく、子供向けの雑誌も少ないあの頃、映
画はちょっと特別な娯楽だった。小学校には、団体鑑賞という制度
があり、学年単位でまとまって映画館へ行くのである。「バンビ」
とか「百一匹ワンちゃん大冒険」とか「ラブバック」といったディ
ズニー映画がメインで、面白いことは面白いのだが、なんか、ワサ
ビ抜きの寿司みたいなもので、大人が期待するほどには僕は喜ばな
かった。男の子というものは背伸びをしたがるものなのだ。
 そんなこまっしゃくれたガキでも、夢中になって魅入った映画も
あった。「海底二万哩」や「海底軍艦」などのSF映画である。ゼ
ンマイでぎーこぎーこと歩く「ロビーザロボット」は、旅行のおみ
やげのチャンピオンだったし、男の子の憧れは、ロボットに宇宙船
に万能戦艦といったところで、少年サンデーのグラビアの記事を読
んで、小松崎茂のホント臭いイラストに衝撃を受け、これはぜひぜ
ひ見なければと決心していたので、授業の代わりに見に行けると聞
いて大喜びしていたのだ。

 順化小学校から太い国道を渡るとすぐに映画館がある。入り口で
整列して順番に入り始めると、モギリのおねーさんが数取り機を持
ってかしゃかしゃと人数をかぞえている。開け放したドアから中へ
入ると、真中の席からどんどん埋まっていき、僕は前の方の中央へ
座った。木の枠に群青色のベルベットが貼られたシートは、ぐいっ
と倒して座っていないと跳ねあがってしまう。トイレは、横の狭い
通路の突き当たりにあって、一人で来ると不良に脅されるよ、なん
て説教されたものだ。
 開幕のブザーがなるとドアは閉められ、電気が消えてスクリーン
のあたりだけがぼんやりと光っている。何とか賛江と描かれた重た
いカーテンが両端へと開き、いったんフルオープンになってから少
し戻ってくる。しーんとした館内にがりっという音が響いて、どっ
ぱーんざざざーんという波しぶきの彼方から「東宝」の文字が飛び
出してくる。
 最初は、白黒のニュース。報知新聞ニュース、とかいった文字が
出て、第127号、なんてサブタイトル、みょうにひなびた音楽を
バックにバスガイドみたいなしゃべり方で女の人のナレーションが
入る。画面にはザーザーとノイズが混じり、白黒なのでなんか薄暗
い。ニュースの内容はたいてい、「この日、植樹祭のために日立市
を訪問された美智子様は、沿道の市民に優しく手を振っておられま
した」とか、「東京オリンピックを二百日後にひかえ、夢の超特急
の最終試験が、順調に行われています」といった、どうでもよい内
容である。ときどき背後のドアが開いて、「やぁぁまぁだぁさぁま
ぁあああー」なんて呼び出しの声がしたりする。

 ニュースが終わると予告。いかにも面白そうに激しいシーンが映
るが、じつはきっと、大したことはないもんだ。予告が終わるとシ
ーンとなって、カーテンがまた、少しだけ開いたり閉じたりして、
スクリーンのサイズを調節する。いよいよ本番。ビキニのおねーさ
んを撮影していると半魚人みたいのが出てきて、タクシーが海へ突
っ込み、ジャアーンと音楽が流れて「海底軍艦」の文字が浮かび上
がる。重厚な伊福部音楽がボリューム一杯に流れると男の子はアド
レナリン全開で画面に没頭していくのだ。

 映画は、映画館ばかりではなかった。夏休みの夜、柴田神社の境
内の立木に大きなスクリーンを張り渡して、野外映画、なんてもの
もあった。低学年向けの「龍の子太郎」みたいなアニメの後に、「
海底大戦争」とかいう大人向けのも上映したりして、オープニング
タイトルと特徴的な音楽で、おお、これはきっとゴジラ屋さんの映
画だと直感して見ていると、ピコーン、ピコーンと国連軍の原子力
潜水艦が出てきて半魚人が出てきて、もー夢中。たまに音声が切れ
てやり直そうがフィルムの切り替えで真っ白が続こうが、クレジッ
トの最後の一行までずっとスクリーンを見つめていた。

 




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